最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)1435号 判決 1996年2月08日
兵庫県西宮市石刎町三番三号 パイン苦楽園三F
上告人
ツキタ興業株式会社
右代表者代表取締役
月田昌秀
神戸市中央区布引町一丁目一番五号
被上告人
株式会社本家かまどや
右代表者代表取締役
金原弘周
右当事者間の大阪高等裁判所平成四年(ネ)第一七八九号違約金等請求事件について、同裁判所が平成六年二月四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
(平成六年(オ)第一四三五号 上告人 ツキタ興業株式会社)
上告人の上告理由
原判決には、憲法の解釈を誤った違法がある。
一、本件加盟契約には、解除後の競業禁止特約即ち契約解除後上告人において、西宮市石刎町一番一八号の営業場所において、同業種による同種事業をしてはならない旨の特約がある。
二、右特約について、第一審では「競業禁止特約はその制限の程度いかんによっては営業の自由を不当に制限するものとして公序良俗に反して無効になる場合があることは否定できないが、一定の営業につき、期間も区域も限定することなく無条件に競業を禁止するような場合は格別、本件のように、競業を禁止する場所を一か所(本件加盟契約おける営業場所)に限定し、かつ競業を禁止する営業の種類も契約存続中と同一業種による同一事業と限定しているような場合で、しかも、本件加盟契約が持ち帰り弁当等飲食物の加工販売の営業を目的とする店舗を被告会社が開設するに際してのいわゆるチエーン店契約であることに鑑みると、右競業禁止特約をすることにつき十分な合理性が認められるとともに、右制限の程度に照らすと、右競業禁止特約によって直ちに被告会社の営業の自由が不当に制限されると解するのは相当でなく、従って、同特約が公序良俗に反するとはいえない」と判断している。
三、原審も、控訴人は、競業禁止特約は公序良俗に違反して無効である旨主張するが、右主張に対する判断は、原判決の一七枚目裏四行目冒頭から同一八枚目表七行目までに記載のとおりであるとして(原判決の一〇枚目表二行目から同四行目まで)、控訴人の主張を排斥している。
四、憲法第二二条第一項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」とさだめ、公共の福祉に反しない範囲において、何人も、職業選択の自由を享有することを保障している。
五、本件の競業禁止特約が有効であると判断することは、職業選択の自由を認めない結果となる。憲法では、公共の福祉に反しない限り職業選択の自由を有するとするが、競業禁止特約が有効であると判断し、かつ、競業を禁止して、上告人の職業選択の自由を束縛するのは、競業が公共の福祉に反することを意味している。けれども、果たして、そのように判断し得るものか、疑問である。
六、上告人は、被上告人から、本件営業店舗の建物賃借権を、金五〇〇万円で譲受けたが、右譲渡当時、被上告人は、右店舗においてパンの販売をしており、持ち帰り弁当店の営業をしていなかった。持ち帰り弁当店の営業によっては到底利益のあげ得ないことを事前に予測していたからである。たまたま、上告人が、被上告人に勧められ右店舗において持ち帰り弁当店を開店したが、被上告人の予測したと同様に、上告人は、右店舗において収益を挙げることができなかった。上告人が、被上告人に月額五万円の実施料を支払い、被上告人の指定する材料のみを指定価額(独占企業であるから、価額は他からの購入価額に比して割高である)で購入していたのでは店舗を維持するに足る利益が上がらないのである。上告人が自衛上他から廉価な材料を仕入れ、急場を凌ごうとしたことが被上告人の不興を買い、それが原因となって契約解除に至った次第であるが、このように、被上告人は、加盟店から実施料(ロイヤリティ)と称して毎月五万円を徴収し、被上告人からのみ割高の材料(マージンを加算するから割高となる)を購入させている独占企業であり、いうなれば被上告人の利益のみ追及し、加盟店の利益を無視し去る阿漕なピン撥ね企業である。換言すれば、その存在自体が公序良俗に反しかねない企業である。
七、また、公衆浴場のように公衆衛生上一定の距離をおくことが行政上望ましいとされる場合には、その設置に距離による制限が設けられているが、持ち帰り弁当店の場合、被上告人のチエーン店に加盟していない者は、何処に、何時にても、持ち帰り弁当店を開設することができるのであり、本件店舗に隣接して第三者が持ち帰り弁当店を開業することも可能である。このように、契約解除後における本件店舗での上告人による営業を禁止することに何等の実益はないし、持ち帰り弁当店に一定の距離を置かねばならない合理的理由もない。してみると、被上告人の採っているチェーン店形態を社会経済上特に保護すべきいわれもないし、競業禁止特約を公序良俗に合致する有効な取極めとすべきではない。
八、憲法の定めによれば、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由が認められている。従って、競業禁止特約が有効とされ、解約後上告人の本件店舗での営業が禁止されるのは、上告人の右営業活動が公共の福祉に反するものと判断されたこととなる。けれども、前記七項で述べたように、競業禁止特約には何等の実益もないし、却って加盟店から利益を強制的に獲得する道具に利用されかねない右特約が、零細な営業態を圧迫し、その存在こそが公共の福祉に反している。
九、契約自由の原則からすれば、右特約は公序良俗に反しない程度のものとするのが原判決の判断である。しかし、公共の福祉という観点からすれば、前記特約は不当に職業選択の自由を侵奪するものであり、無効と断ぜざるをえない。原判決は「公共の福祉」の解釈を誤ったものと言うほかわない。従って、原判決は、違法であり破棄さるべきである。
以上